「天神さん」とあだ名された少年時代から 古代のロマンに心躍らせる考古学者
「天神さん」とあだ名された少年時代から
古代のロマンに心躍らせる考古学者
昭和四十三年に福岡県教育委員会によって開始された大宰府史跡発掘は今年で四十周年を迎えました。昭和四十八年には九州歴史資料館が開館し、発掘調査を引き継ぎ、その結果、大宰府政庁跡などが整備され、人々が古代へ思いを馳せることができる貴重な場所となっています。今年四月、九州歴史資料館の館長として着任した西谷正さんに、節目を迎えた大宰府発掘と考古学の楽しさについて伺いました。
●太宰府に来た「天神さん」
西谷正館長と考古学との出会いは小学校五年生のころ。当時、大阪の高槻市に住んでいた西谷さんは、近くの天神山でチャンバラごっこをしていたときに弥生時代の土器の破片を拾いました。それが“考古学”に足を踏み入れるきっかけでした。その後、毎週のように土器拾いに現れ、すっかり天神山の主となった西谷少年は、この山に“北山の天神さん”と呼ばれる上宮天満宮があったこと、西谷さん自身の勉強熱心と歴史好きだったことから周囲に「天神さん」とあだ名されるようになりました。
「天神さん」は長じて、本当の天神様のお膝元に来ることになりました。昭和四十四年に福岡県教育委員会の技師として福岡県各地の発掘調査に従事、開館したばかりの九州歴史資料館で出土品の整理をすることになったのです。その後九州大学で教鞭を執り、太宰府との直接的な関わりは減ってしまいました。そこに飛び込んできたのが今回の館長就任の要請でした。「三十五年振りに古巣に帰ってきた思い。資料館に来る日が楽しみで、いつも館内をうろうろしています」と館長は笑います。日本はもとより韓国、中国での調査、会議・講演など多忙な毎日を送る館長ですが、週三日は必ず館に在席しています。
写真:発掘した土器の修復の様子
●大宰府発掘 四十年の成果
同館では大宰府史跡発掘四十年の成果を社会に還元しようと、この秋、シンポジウムなど、さまざまな記念事業を開催。かつて土地開発と史跡保存で揺れた町で、保存の大切さを説いて回った先達とそれを受けとめ後押しした太宰府の人々の軌跡をたどり、その成果を問う貴重な機会となりました。四十年間の努力が実り保存された政庁跡は、今では市民の誇りとなり、憩いの場・観光資源としても大切にされています。
来年からは、いよいよ長年の夢だった政庁跡の蔵司(くらのつかさ)の調査に着手します。「大宰府の大蔵省ともいうべき蔵司からいったい何が出てくるのか、今から楽しみです。このように貴重な文化財は、次の世代に引き渡していくことが大切。いずれは政庁跡と同じように人々が憩い、学習できる場所にしていかなくては」。世の中を長期的に俯瞰する考古学者の目は揺るぎません。
西谷館長は、史跡を守るためには調査の結果を発信することが大事だと言います。「特に子どもたちの体験学習や出前講座などは積極的に実施しています。私自身も子ども時代に考古学の楽しさを知ったので、子どもたちは特に大事にしたいんですよ」。古代のロマンを追う「天神さん」は、子どもたちと古代をつなぐという大きな夢に向けて取り組みを続けています。
写真:現在の大宰府政庁跡
九州歴史資料館は平成22年秋以降、小郡市へ新築移転する予定です。福岡県全体の埋蔵文化財センター機能が加わり、一層規模が大きくなります。子どもたちの体験学習の設備も拡大して、より身近なものになります。
※文中、現在の太宰府市などを指すときは「太宰府」と、古代の遺跡「大宰府政庁 跡」などを指すときは「大宰府」と表記しています。
PROFILE
西谷 正 (九州歴史資料館館長・九州大学名誉教授)
1938年、大阪府高槻市生まれ。京都大学大学院修士課程修了。
奈良国立文化財研究所研究員、福岡県教育委員会技師、九州大学文学部教授、佐賀県立名護屋城博物館初代館長、伊都国歴史博物館初代館長などを歴任。
各地の講座・講演の講師を精力的に務める。著書に『古代朝鮮のあけぼの』『東アジア考古学辞典』など。
九州歴史資料館
太宰府市石坂4-7-1
電話番号092-923-0404
開館時間/9:30—16:30(入館は16:00まで)
休館日/月曜日(祝日の場合はその翌日・12/28-1/4は休館)
入館料/無料
http://www.fsg.pref.fukuoka.jp/kyureki/
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